琴音の煉瓦刻印発見録♪『三重県・菅島灯台・竹内仙太郎煉瓦刻印☆』過去の煉瓦刻印画像もびっくりだけどヌードもびっくりだよw [琴音の煉瓦刻印発見録♪]
『まったく興味無かったのに何となく撮影していた画像を後年に見てビックリ!』
たまたま今まで撮り貯めた画像を整理していた私は(約10年分)
ふと、ある画像にオノノイタ。
なんだよ私!煉瓦刻印に出会ってたんじゃんか!ってね^^
それはそこまで煉瓦や煉瓦の刻印に興味が無かっただいぶ前のお話。
島旅と称して三重県の『ある島』を訪れた時に、私は煉瓦刻印に出会っていたんすーーー
それはどこかと言うと、
三重県は『菅島』と言うところなんす^^
当初の目的はこの菅島の更に沖にある『神島』で、
神島の帰りに真っ直ぐ鳥羽港へ帰るのはツマラナイと思ったんすよ。
そこで帰りの船が寄港する菅島にでも上陸してみますか!ってことになって寄ってみちゃったのだ☆
要するに当初の目的でもなんでもない気まぐれで立ち寄った島なのです。
ですが・・・
特段、観光的なものが無い。マジ無いっす^^;
海女さんが有名だってことは、観光案内版に説明があったっすけど、
常に海女さんが海でプカプカしてるわけじゃないですもんねw
(※ 最近、菅島管轄の鳥羽市の直ぐ横の志摩市の公認海女萌えキャラクターが
デザイン的に女性蔑視だ・・・とかで~ちょっと話題にもなりましたが^^;)
そんな私はこの島にある『日本最古ーーー』と言う文字に何となく魅かれたんす。
観光案内版には『日本最古の煉瓦造り灯台』
今ならうひょー!(*´д`*)
だけれどもおー、
当時は『灯台かあー。灯台見てどうするよ?』だったかもw
そんな私は『一応見ておくべか』と、灯台へと向ったわけっす。
小さな島だけど灯台までは結構な急勾配(そりゃそうか。高台やら見晴らしの良いとこにあってこその灯台だもんねw)
森が開けた先に灯台へと続く道があった。
今見ると、もう既に煉瓦敷きの遊歩道だったんすねえ^^
煉瓦敷きの遊歩道を歩いていった先にはーーー
明治6年(1873年)に建てられた
現役の日本最古の煉瓦造りの洋式灯台
『菅島灯台』が目の前に^^
白色煉瓦の白亜の灯台に少しばかり驚く私だったっす。
白色煉瓦と言っても白っぽい耐火煉瓦ではなく、
潮風などの風化から守る為に白い釉を塗られた煉瓦灯台だったんす。
何でも竣工式には西郷隆盛さんも来たとか。
それほどに歴史の古いものであり、当時はとても重要な意味のある灯台だったんすねえ~^^
煉瓦積みは『イギリス積み』
その当時はそんなのも当然知りませんでしたw
今、改めて見てみるとーーー
なぜ明治も初期も初期の煉瓦建築なのにフランス積みじゃなくイギリス積みなのか?とか色々ワクワクさせてくれるんですけどねえw
---さて、
ここで私は遊歩道に敷き詰められた赤煉瓦も撮影していた。
・・・らしい^^;
『菅島灯台・旧付属官舎使用煉瓦』
この灯台を造ったのはイギリス人技師のブラントンさんって言うんすが、
工部省灯台局、つまりはお国のお抱え技師さんだったんす。
サッカーで言えば外国の監督連れてきて日本選手強化みたいな^^
そして、そこで造った灯台の管理も任されるわけなのですが、
外国の方が居心地良いようにってことで、灯台の近くに
煉瓦造りの洋式官舎も建てられたわけっす^^
その官舎は今は愛知県の『博物館明治村』へと移設されてるっす(重文)
んで!
その時の官舎に使われていた煉瓦が灯台前に敷き詰められているんですがーーー
そこには煉瓦の刻印があったわけっす。
もし、旧官舎使用煉瓦ってプレートが埋め込まれていなかったなら、
当時の私は絶対にこんな写真を撮ってなかったと今は思ってますw
今思うと『私ってば何気なくでも良いもん撮ったな☆』と自画自賛ですね。昔の私によくやった!と焼き肉おごってやっても良いくらいw
『屋号の山記号に、千と・・・大?』でしょうか。
この煉瓦はお隣さんの志摩市・渡鹿野島の瓦職人である
竹内仙太郎によって焼かれた貴重な国産煉瓦。
もしかしたら、仙太郎の仙を千にもじったのか、
太郎の太を刻印にもじったのか、そこまでは分かりませんけどねW
まあ、いつか官舎が移築保存してある博物館明治村にも行ってみたいところっす^^
---さてここで終っても良かったんすが、
この時に寄った本当の目的『神島』のエピソードもちょっとばかしね☆
神島旅行記をブログに綴ってから数年のある日。
ブログのサイドバーに貼り付けてあるメール機能から、ある一通のメールが届きました。
正直言いますと長年メール機能を貼り付けていたにもかかわらず、初のお便りですw
して、その内容はーーー
『始めまして〇〇と申します^^ 私も神島に旅行したのですが・・・撮影してない場所がありまして、
よろしければ画像をお借りしたいのですが』と書かれていたのです。
わたしは基本的に危害が及ばないならば公開した画像はフリーダムに使っていただいても構わないスタンスだったので、
速攻で快諾メールを送ったわけです^^
感謝のメールも届きました。
そしてせっかくなので見ていただけたら幸いですとURLが貼り付けてあったので見に行くことにしました^^
そしたらばまあーーーーびっくらでしたよ^^;
行く先々で奥様をヌードモデルに旅を続けるお方だったわけっすw
私の写真もあって『あら、本当に使ってらっしゃるw』と嬉しくもありましたが、やっぱり奥様のヌード画像にびっくらでしたねえw
年齢的には結構なお歳だと思うのですが、
これまた素敵なプロポーションだったんす^^
ごちそうさまですと言うことで〆ようと思います(変な〆方ですいませんねw)
次回予告!
メイン記事が五島列島編・長崎本土編・山梨ワインと煉瓦編で更新的にも詰まりまくってますので(恐らく11月までネタがある)
サブブログで日常のお散歩煉瓦探索が書かれると思います☆
おはようございます。
本能が知らない内に・・・撮らせていたんですね。
これは本物ですね。
by YUTAじい (2015-10-15 04:45)
結構綺麗に残った刻印ですね。
by gen (2015-10-15 08:35)
最近悪魔じゃなくなってきましたねw
画像許諾とかとか、仕事で色々受けますw
まぁ、取次程度ですけどね~
by まめ (2015-10-15 12:33)
10年間の蓄積は半端じゃないでしょうね、同時に知識もね♪
それにしてもまぁ、えらいところからコンタクトがあったものですね。(^_^ゞ
「潮騒の島で」ちゃんとお礼も言われてますね。
よいお知り合いが出来ましたね(笑)
by 路渡カッパ (2015-10-15 14:18)