琴音の煉瓦刻印発見録♪ 『太宰治記念館・前編☆』青森県五所川原市 [琴音の煉瓦刻印発見録♪]
『ある意味本州の旅路では一番時間が掛かったかもw』
いつか時間があれば行きたいなあ~って思ってた。
でも所要時間がネックだったとです。
下手をすれば北海道や沖縄の方が飛行機で早く着いちゃうくらい。
今回の旅路は往復で15時間超^^;
目指した先は青森の五所川原市。
そこにも素敵な煉瓦がありました(*´д`*)
今回は大盤振る舞い。
上野駅から新青森まで新幹線でビューン☆
車中での暇つぶしは当然コレ。
位置ゲーのレキシトコネクトw
今回この娘を育成するための旅路でもあったりしやす(*´д`*)
寝ないで出発しちゃったからいつのまにか爆睡してて全然捗んなかったけどねw
さて、今回向かう場所はと言うと青森県は『五所川原市』
何が名産?と問われれば、
十三湖のシジミでしょうか?
あと、漫画的(イメージ的)に『うっちゃれ五所瓦』w
新青森駅から奥羽本線に乗り換えて『川部駅』へ。
本来ならココから五能線に乗り換えて五所川原市へと突入するんすが・・・
乗り換えまで約一時間^^;
大盤振る舞い更に倍!で、タクシーのお世話になっちゃったw
到着したのが五所川原駅。
ここでいっつも下調べがアバウトな自分を恨むことに^^;
なんと私っちの目的の場所は、どうやらこの更に先の駅みたい・・・
でもそこを目指すには、ここから更に超絶スーパーローカル路線『津軽鉄道線』でしか行けないとのこと^^;
しかも目の前で電車・・・いや気動車だから列車か。
それが丁度行っちゃったw
本来なら我慢して次の列車を待つのが最善手なんだけどぉ、
更に強権発動☆
目的地である『金木駅』へと到着っす(ニッコリ
・・・と言いますか、
タクシーを乱用しても都内からここまでたどり着くのに『7時間』は掛かっちゃうのよ・・・
だから今回の旅路は目的の煉瓦建築『一択』
今までの旅行でこんなに贅沢な旅は他に無いかと思いやす(財布があぁ・・・
さてと行きましょうず早速ね^^
駅構内にはこんなポスターが。
太宰治、そう、
ここは太宰治の出生地なんですぜよ☆
詳しい解説は次記事に書くとして歩き出しやしょう。
今回の目的地は太宰の生家。
のちに売却され彼の記念館を併設する旅館へと生まれ変わった場所っす(1998年、町が買い取り今現在はリニューアルオープン営業中)
駅から10分くらいかな?(静岡っ子なんで雪歩きに不慣れ)
雪がますます加勢を奮い始めた頃ーーー
遠くに見えてきたよ!目的の場所がっ!!!
うっひょおおおおーーーっ!!!
めっちゃ立派な生家&記念館☆
っつーかこれっすよ!これこれ!
とっても立派な旧家屋をぐるりと囲う『超絶すてきな煉瓦ちゃん』(*´д`*)
これを、
これだけを今回求めてはるばるやって来たのお(*´д`*)
その名も『国指定重文、太宰治記念館・斜陽館』っす^^
くわあ・・・天狗の鼻みたいに突き出してる立派な鬼瓦だよ。
ん・・・もしかして、
太宰治ってめっちゃお坊ちゃんだったの???
本を読まない私だけれども、それでも彼の作品にはいくつか当然のごとく触れていたわけで、
そこまで知らないってことは無いつもりだったけれどつもりだったのねw
全然知んなかった^^;
さてここまで来たんだ。
雪が頭に積雪10センチになろうが20センチとなろうが舐めまわしやしょうw
なんせ後は弘前市に予約した東横インに帰るだけだかんね(とうとうポイントも22ポイントになっちゃった。無料宿泊二回分。いつ使おうかしら)
玄関口から左右を見ると、どちらも数メートル先までは腰の低い煉瓦壁に塔を構えた造りでした。
全周全部煉瓦の高塀じゃなく鉄格子を噛ませているところが素敵っすね(*´д`*)
まずは煉瓦の高塀から見ていきやしょう^^
ん?
おや?
まさかのフランドル積みっすか!
もしかして明治中期より以前の建物?
青森くんだりまで来て素敵な出会いじゃんかあー(*´д`*)
(これは後編で種明かし☆)
見上げた笠下はディンティル(歯状、もしくは歯牙状)装飾も!
通用門は焼き過ぎ煉瓦をあつらって素敵なセグメントアーチ(*´д`*)
素敵いー☆
そしてそして角っちょまで来たよ。
実はかつて画像検索してこの部分が気になって気になって仕方がなかったんす。
いつか見てやろう。いや見させて。いやいや見たいんですお願いしますハハーン・・・って
ずっと恋焦がれていたスポットなんだあ(*´д`*)
うう~ん!なんだろ?
ただひたすらにカッコいい煉瓦塀の角と言えばいいのかしらw
こんなん今まで見たこと無い。
着物の矢絣(やがすり)みたいな斜めの異形煉瓦。
そしてそれを囲む色違いの焼き過ぎ煉瓦。
正直言いますと『金かかってんなあ~w』ですよこの装飾w
だって昔は煉瓦塀っていくつも存在はしていたけれど、それでもやっぱり庶民にはそうそう手が出るものでは無かったんだよ?
町や村の庄屋さんとか農商さんとか、議員さんだったり企業家の家とか
やっぱりリッチマンじゃないと中々なせる煉瓦塀じゃ無かったはず。
ましてや煉瓦装飾、更に普通赤煉瓦だけでなく焼き過ぎ煉瓦まで組むとなるとかなりお高くついてたはず。
こんな金持ち煉瓦に囲まれてたのかあー太宰さん。
坊ちゃんと言わずなんといえばいいのよw
(ちなみに太宰さんのお父ちゃんは元・衆議院議員っす☆)
さて、ひがみはそれくらいにして調査調査w
道路に面した煉瓦塀と違って、
脇に当たる煉瓦塀は造りが少し・・・いやだいぶ違ってたんす。
あまり人様に見えない煉瓦塀かな。
そこはフランドル積みではなくイギリス積み。
しかもかなり雑な感じの目地。。。
もしかしたらばーーー
後年に積み直ししたのかもだけれども(モルタルが所々年代が違う気がする)
表側は『見栄』
サイドは『節約』だったのかもね^^
ちなみに一応雪そぼ降る中(いや、かなり降ってる中)
刻印も探してみたよ^^
だけど怪しい感じのキズすら特になかったっす。
さて正面から右手に当たる、同じく世間様からはそんなに見えない煉瓦塀の方にもやってきたよ^^
むう・・・
んん・・・
こっちは特にヒドイ・・・って感じ?
まるで素人がモルタル塗りたくったような造詣^^;
建設当時から存在していたのか分からないけれど、
『帯鉄補強』みたいなのが一本、煉瓦の壁を這っていたけれど、
これじゃいつか崩れるか抜け落ちそうな気が^^;
お父ちゃんが衆議院議員とは言ってもそこまでお金かけなかったのかな。
よく言えば倹約家。
悪く言えば〇チじゃないの!?w
もしかしたらば事情があったのかもね^^
さて、7時間もかけて、
このまま真っすぐ帰る訳がありやせんw
『もしかしたらば生家本体にも煉瓦が使われてるかも!?』
『もしかしたら屋内からこの煉瓦塀の内側が見えるかも!?』
---と言うことでえーーー
次回は太宰治記念館・斜陽館の中へと潜入っす☆