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琴音の煉瓦刻印発見録♪『うさぎ島の刻印☆中編』広島県大久野島 [琴音の煉瓦刻印発見録♪]

『イペリット』

 通称『芥子瓦斯』とも言われていました。

 

 その液体は辛子臭のする無色の液体。

 それが気化すると空気よりも5倍の重さ。

 風にも中々飛ばされず、

 その場に留まり、

 そしてーーー

 その空気に触れるとあらゆる肌の部位から蝕み

『約一分で人を死滅に追いやる・・・』

 

 ・・・うう。。。

 そんな毒ガスを旧日本軍が生産していたのが今回、私が地を踏んだ『大久野島の黒歴史』なの。

 

 島々に放たれた島のアイドル『うさぎちゃん達』の向こう側の歴史を気にしつつ、私は散策を続けることにした。

 

 いざ中編すたーとっす。

琴音の煉瓦刻印発見録♪『大久野島・中編』.jpg

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 やって来たのは島の北端にある『北部砲台跡』っす^^

 

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 開口部があるので覗いてみるとこんな感じ。

 コンクリかあ・・・って思うけれど、

 

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 その上部の砲門跡の障壁は煉瓦ちゃん(*´д`*)

 せっかくなので刻印探しにいそしむけれど、そんなに甘くは無いよねw

 

 だもんで、

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 海側の崖伝いに裏側を見てみようと思ったの。

 うがー・・・でもでも藪が濃いし坂だし断念したw

 

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 ここは説明版にも書いてあるように仮想敵国『露西亜』を迎え撃つために造られた『芸予要塞の大久野島堡塁、北部砲台』の跡なの(1897年建造~1924年廃止)

 

 芸予要塞ってのは瀬戸内海まで来ちゃった敵の侵攻を阻止するために造られた要塞っす☆

(友ヶ島のある由良要塞とか四国と大分の間にある豊予海峡の豊予要塞が突破されたらここで迎撃)

 

 この北部砲台は大久野島で一番最初に建設された砲台だったりもするっす^^

 

 さて目ぼしい煉瓦ちゃんが無いので更に奥へと行きやすよ^^

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 途中、煉瓦の門柱のようなものを発見。

 

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 その近くには観測所跡へと通じる階段があったんだけど・・・トラロープがあったのでお痛はやめといたっす^^;

 

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 半地下の砲側庫跡を横目にズンズン先へ

 

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 上部は石積みかあ。

 

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 でも庫内は煉瓦積みだね(でも入れない)

 

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 煉瓦アーチのトンネルを抜け

 

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 北部砲台最深部の兵舎跡前に到着したわたしは、

 上部のカノン砲台跡に行ってみた(煉瓦あるかな?って)

 

 そしたら砲台跡にしちゃヘンテコな土台跡ばかりじゃないのさ^^?

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 再び下へと降りるとしっかりここの説明版がありやした^^;

 ここは『毒ガスタンク台座跡』

 

 さて何故砲台跡に毒ガスタンクが?を説明しなきゃいけないっすよね。

 

 実は芸予要塞大久野島は『一度も使われることなく廃止された要塞』なんす^^

 日露戦争に勝っちゃったしー

 他の近代的要塞が出来ちゃったことによって用済みになっちゃうのです。

 

 カノン砲は勿論撤去。

 でも第一次世界大戦時、各国で『毒ガス戦』が行われたのを見てきた陸軍が、

 いずれ来るであろう戦争で『我が国も毒ガス研究を!』と考えてしまった訳。

 

 そこで昭和の4年、万一の事故など毒ガスの被害が出ても『この小さな離島なら最小限に・・・』と、この大久野島を再び利用することになったんす(ひでー話だよ?時勢とは言えね?)

 

 だからこの台座はその時の名残なんですよね。

 明治大正昭和と用途は違えど、ほとんど戦争の為に使われてしまった悲しい離島なのです。。

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 さて煉瓦らしい煉瓦もあったけれど、刻印なんて見つけられそうもない鉄壁な守り^^;

 

 さて次にどこを目指そうか迷った。

 同じような砲台跡がこの島には3つあるっす。

 ここから近いのは島の中腹にある中部砲台跡。

 

 お兄ちゃんの昔の記事や画像を見たことあるので、大体はどんなとこなのか想像がついていた。

 どう考えても煉瓦成分がそこまで無いのであんまり気が進まないんだけど、

 一応目指すことにしたっす^^;

 

 山道をうんこらしょと登っていく私。

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 北部砲台から中部砲台の登り階段の途中が、踊り場的に急に開けた。

 う~ん、どう考えても昔何かがあったっぽい間取りやないのさ!

 

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 よくよく見れば煉瓦ちゃんもいっぱい(*´д`*)うひょー

 

 説明版があるのかな?と見渡せど何も無く・・・^^;

 結局『何かの建物跡』なんだろうなってことしかわかんない。

 まあいいや。

 こんなに煉瓦の平面が露出してるとこはそうそうないだろうって事でレッツ刻印探しに没頭です(*´д`*)

 

 ・・・

 ・・・

 ねーしっ!!^^;

 

 ーーーさて、

 本来ならこのまま中部砲台まで行こうと思ってたわたしだったけど、

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 船の時間も考慮して海岸線ルートに戻ってしまった^^;

 うーん、天気よくって素敵な瀬戸内海(*´д`*)

 

 ここは大久野島北端。

 突き出た岬にも何か名残はあるのでは?と散策しやした。

 するとーーー

 

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 久しぶりにヘビちゃんに遭遇。

 シマヘビかな???

 わたしはこの子は好きだけどアオダイショウは嫌いなんすよね~^^;(奴は威嚇するし。この子は大抵、逃げる。しかもちょっぴりキュート☆)

 

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 岬の突端にも旧軍の遺構があるらしいけれど、どこから行けば良いのかわからず断念(フェンスあるし、海沿いだと岩肌を登らないといけないので)

 

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 よくよく見ると海岸線の石には城の石垣の矢穴のような跡が。

 ん~・・・でもこれはたぶん、

 昔から存在したものじゃなくって、

 近代に護岸整備の石の切り出しに矢穴と言うよりももっと細い杭みたいなもので打ち付けて切り出した名残なんでしょうね(豆矢とか)

 

 さて中編もここで終わり。

 本当は煉瓦だけに焦点を絞って一話で終えるつもりでしたが、

 魅力もアリ、勿体ないので3部作の後編へと続くよ(*´д`*)

 

琴音の煉瓦刻印発見録♪『うさぎ島の刻印☆前編』広島県・大久野島 [琴音の煉瓦刻印発見録♪]

『お前に命令だ』

 

 ・・・ハア?( ゚Д゚)

 

 何時ものようにお兄ちゃんちの飯を作りにスタコラサッサのわたし(まあでもおこずかい貰えるんだけどね☆)

 そこで兄者から突然の指令が下ったのでありんす。

 

 ミッション(打明け)はーーー

『うさぎちゃんの島で煉瓦刻印を探せ!』とのこと^^;

 聞けば広島県だってーじゃねーかよおい!

 

 するとーーー

『オレは仕事で忙しいからコレを何も言わずに収めてくれ』と、お兄ちゃんが万札を数枚私に課金してくれたのである。

 

『どしたのコレ?』

福永祐一様のおかげ』と短い一言以外多くを語ってはくれなかったんだあ~(たぶん競馬だよね。ダービー?)

 

 っつーことで、今回は広島の離島を目指します。

 お兄ちゃん曰く『煉瓦に興味がない時代に訪れた島だから』とのこと。

 いざいきやしょう。お兄ちゃんのリベンジ戦へ!(*´д`*)ウヒョー!お金いっぱい☆

琴音の煉瓦刻印発見録♪大久野島前編.jpg  

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 新幹線を乗り継いでやってきたのは『忠海港』

 ここからその渡船が出ているとのこと。

 

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 早速、乗船チケットを求めて来たらばビックリだよ!

 わたし・・・今までこんなお洒落なターミナル見たことねーよマジでw

(お兄ちゃんに写メ送ったら『オレが行った時はもっと簡素だったのに・・・』だってさ)

 

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 さて乗船時間約15分くらいで到着。

 

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 今回訪れたのは『大久野島』と言う瀬戸内海に浮かぶ小さな小さな離島です^^

 

 まあ~私もここに来る前にちゃんと予習したっすよ。

 この大久野島には『かつての大日本帝国陸軍の遺構が残ってる』ってのはね^^

 そして昭和初期には『地図から消された島』だったのも当然理解しつつやってきた。

 

 今では観光地化でカモフラージュされてるけれど、ここには『戦争とはこんなものも生み出してしまう』のを少なからず私たちに教えてくれる島ーーーと言うのもね。

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 さて、待合所で簡易な地図を手にした私は早速離島散策に進もうと思った。

 

 ・・・思ったのだが『行く手を阻むモンスターが幅を利かせてるから気をつけろ!』と、お兄ちゃんから念を押されていたことを思い出す。

 

 でもおー

 もんすたーってあほかw

 そんなもん居たらニュースですぞ!と脳内で笑い飛ばしてやっぱり先を急ぐあたし^^

 

 そしたら出たよ本当に行く手を阻むモンスターが!

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 やーん(*´д`*)

 

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 うきゃーん(*´д`*)

 

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 かんわいいーモンスターちゃんがいっぱああい(*´д`*)

 

 もうそれはいたるところでじゃれ合い、

 私を見ては襲ってきたの(*´д`*)コレは先に中々いけねーw

 この島に解き放たれたウサギたちとこの島の過去については次回でお話しようと思います。

 

 さて海沿いを右回りで北上するとーー

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 かつての日本軍の石組みの桟橋が今も残されていました。

 

 その対となる山手側を振り返ると

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 こんな感じにコンクリのトンネルが。

 んー・・・でも壁面には悪戯書き(一部、米軍接収時のペイントも残されてます)

 

 ここを潜って行くとーーー

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 おおおー!

 コンクリの素敵な廃物件がドーンとお目見えっす。

 

 1929年建造。この島の電力を担うために造られた発電所の名残っす。

 お兄ちゃんなら制止柵こっそり越えて内部も撮影するオイタをするんだろうけど、

 私は興味ないのでパスね^^

 

 さてさっさと次へいきやしょう。

 実は・・・

 今回、わたしってば寝坊しちゃってさあ

 帰りの船便が2船しか猶予が無いのよw

 しかも宿が忠海駅から1時間ちょっとの場所になってるから実質次回の船便で本土へ戻らないといけないの^^;

 

 だから忙しなく行きますよい^^

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 次の目的地は『火薬庫跡』

 陸軍・・・火薬庫・・・ってくれば間違いなくアレがあるはず。

 

 そしてやっぱりアレはあった。

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 昔の日本軍は煉瓦好き☆

 ここもまた違わぬことに、立派な煉瓦の遺構が残ってたよ^^

 屋根だけが朽ち果てているのもまた日本各地の火薬庫跡同様っすよね

 

(堅牢な煉瓦や石積みで周壁を造り、屋根は簡素な瓦葺やトタン葺きなどにすることで、不意の爆発の脅威を上へと逃し、極力延焼を防ぐ効果。

 だからこそ雨風雪などの経年劣化と共に最初に弱い部位が欠落崩壊する訳っす)

 

 さあ~て!

 さっそく煉瓦ちゃんを見て周りやしょうず(*´д`*)

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 入り口部を除いて小さな縦窓が10(上部も入れれば12)

 壁面の積み方はイギリス積み。

 煉瓦は当然赤煉瓦なんだけど、微妙に焼きムラもあるしそこまで均一統制のとれたちゃんとした煉瓦ちゃんでもないかな。

 

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 窓跡から中を見れば背丈の高い草ボーボー。

 お兄ちゃんに服装まで注意受けてなかったから生足にサンダルで来ちゃったので中に突貫はやめまちたw

 

 さてと。

 この火薬庫跡も所々蔦が被さってはいるけれど、

 よ~く見上げれば軒下の煉瓦面も見えた。

 だから私はカメラのピントをそこに這わす。

 

 するとーーーーーー

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 んっ!?

 おや???

『井形の刻印』見っけえ!(*´д`*)

 

 これは明治27年創業、その後、大阪窯業に吸収合併されるまで大阪府貝塚市に存在した『貝塚煉瓦』の刻印じゃん(*´д`*)

 

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 私は軒下煉瓦を追って煉瓦壁を回り込む。

 

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 そこから覗き込んだ火薬庫跡内部もまたいいね!

 

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 こっちは切妻屋根の部位。

 カメラ的に随分と遠くなっちゃうけれど、

 そこは光学ズームの餌食となれ!w

 

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 おおー!

 こっちもあっちゃこっちゃ貝塚煉瓦の刻印がいっぱい(*´д`*)

 

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 がむばって裏側(海側)にも行くわたし(海側は人工的に盛り土した丘が窮屈に迫っていて先に進むのが大変^^;)

 

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 一部に瓦が乗っかってた。

 つまりは昔は瓦葺だったみたいっすね^^

 

 んでもって、こっち側にもおーーー

 

 

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 貝塚煉瓦の井桁の刻印が(*´д`*)

 

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 全周めぐってみようと思ったけど、その狭さと虫の多さに断念して入り口前まで帰ってきたw

 

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 蔦の下にもあるんだろうね。刻印とかさ^^

 

 もしかしたらば貝塚煉瓦以外も見つかるかもしれないけどお、船の時間も無いし、

 まだまだこの島を多く見届けたいから後にすることにしたっす^^

 

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 火薬庫跡にバイバイしたけれど気になってた屋根部位を望遠でパチリ。

 やっぱり瓦葺だったんすね。

 

 さて、このあとはこの島に幾つか残っている砲台跡へと向かうんすが、

 海へと下る正規じゃない散策路を発見。

 どうしても気になったので降りてみることにしたの^^

 

 するとーーー

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 なんかコンクリの物体八犬伝!

 

 のぞき込むとーーー

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 んん・・・なんだろ?コレ。

 旧日本軍関連の遺構・・・なのかな???

 

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 その目の前には綺麗な海が広がってたよ^^

 

 いい眺めだ・・・と、しばしの安息に浸ってた自分の視線の前に、ひょこひょこと動く物体が現れた!

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 鴨が海辺で水遊びしてるの初めて見たかもしんない!(*´д`*)たのしそおー!

  

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 せっかくなんで浜辺に自分がここに来た証を残したってところで次回に続くっすw

 

 次は煉瓦成分少ないけれど、この島はいったい何の為の島だったのか?を説明したいと思います(芸予要塞の解説してないしね)^^

 

 ではではまた今度。

琴音の煉瓦刻印発見録♪『耐火煉瓦、東のメッカ?いわき市へ』 [琴音の煉瓦刻印発見録♪]

『煉瓦にもジャンルがあるっす』

 

 大きく二つに分けるなら建築用煉瓦として『赤煉瓦』

 そして、

 その赤煉瓦よりも耐火性を重視し、より高熱に耐えうる為に焼かれた煉瓦『白煉瓦』

 

 白煉瓦、つまりは『耐火煉瓦』って呼ばれるものっす。

 

 白煉瓦先輩は主に工業用の『炉材』として使われてきました。

 溶鉱炉などの耐熱性外壁内壁としてが主なとこかなあ^^

 

 簡単にイメージしてもらうなら皿や陶器を焼いたりする登り窯の窯に使用されたり、

 今ならピザ窯なんかにも使われたりとかかな。

 

 その歴史は『日本産に限定すると赤煉瓦よりも白煉瓦の方が歴史が古かったりする』の。

 まあ~語っちゃうと長くなっちゃうので割愛w

(※韮山反射炉など幕末に大砲の砲身の鋳造が必須な時代に赤煉瓦よりも先に白煉瓦が日本で造られた)

 

 さて前口上(アバン)はこれくらいで。

 

 いつものようにスマフォの位置ゲーの為にダラダラと遠出したら煉瓦に出逢っちゃったってお話でやんす^^

琴音の煉瓦刻印発見録♪『いわき市磐梯シャモット』ブログ用.jpg

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 いつものようにお約束でしょうか。

『レキシトコネクト』『駅メモ(ステーションメモリーズ)』の育成を兼ねて遠出したっす^^

 

 今回目指したのは『福島県』

 も~お兄ちゃんや夕実っちとも何度も出かけてるんだけれども、

 磐越東線(郡山~いわき)って路線に乗ったことが無かったの(会津~郡山の磐越西線は煉瓦絡みで何度もお世話になってまーす☆)

 

 だもんで、

 今回は煉瓦目的ではなく『ゲームの為だけに福島県の路線制覇の旅』に出かけたのだあw

 このブログ的にあるまじき行為っすよねw

 

 さてと、

 延々と常磐線に乗ってたら福島県は『いわき市』に到着っす。

 後は、ここから初乗車の磐越東線に乗り込めばいいわけなんだけどお・・・

 これもローカル路線お約束でしょうか。

 次の電車までの乗り継ぎ約一時間のインターバルの壁が降りかかりやした^^;

 

 じゃあ・・・飯でも食って暇つぶし・・・

 

 とはいかないのが私っち!

『ならば煉瓦を探すのが自明の理』っすよね?w

 

 いわき市・・・煉瓦・・・いわき市・・・

 ・・・ん?

 あれ?

 

 そう言えば~

 過去に煉瓦で調べ物をしていて『いわき市』に何度か触れたことを思い出した私っち。

 

 そう、このいわき市は『煉瓦にも深いかかわりのある街』だと言うことを思い出したの^^

 

『煉瓦にも一大生産地』ってものが存在します。

 東西、日本を分けるとするならばーーー

 

 赤レンガで言うなれば関東は荒川流域などの赤煉瓦中小工場群や日本煉瓦製造㈱など埼玉がかつてのメッカでした。

(※生産量・歴史的には北海道の江別も勿論)

 

 片や西は

 愛知の碧南・安城など、

 大阪の岸和田や貝塚・泉佐野、

 その後、年代を追って広島の吉名の煉瓦工場たち、

 福岡県などにも古くから数多く煉瓦工場があったとです。

 

 じゃあ~『白煉瓦は?』と言うと、

 西は岡山備前でしょうか(岐阜も侮れない)

 

 だったら東日本の耐火煉瓦のメッカは???

 と、ゆーとーーー

 これがまたこの『いわき市』だったのね^^

(異論は当然認めます☆)

 

 ーーー早速、

 スマフォ片手にいくつか煉瓦絡みの情報を検索した私っち。

 するとーーー

磐城シャモット周辺.jpg

 駅からそう遠くない場所に『㈱磐城シャモット本社』って地図に表示されたの。

 

 それはこのいわき駅の目の前にある『磐城平城跡地』の裏手の丘、

 つまりは丹後沢公園の向こうにあるみたい。

 

 お城跡だっつーのに、位置ゲーレキシトコネクトには登録されてないじゃないかあー・・・^^;

 

 まあそれは置いておいてだよ!

 

 なぜ煉瓦検索で『シャモット』って単語がヒットしたのかを説明せねばいけませんな^^

 

 それは耐火煉瓦の材料こそがシャモットと呼ばれていたからなんすよ☆

 簡単に言えば生粘土を焼いて硬質化させてから砕いたもの?でせうか^^

 

 つまりは耐火煉瓦の工場がすぐそこ、お城跡にあるっつー訳ですよ先生(*´д`*)

 じゃあー行くっきゃないよね?

 

 本当ならばこの磐城シャモット本社の更に先に本工場があるんだけれどもー

 時間的に余裕なし。

 でも本社でも『なにか古い煉瓦とか使われてるんじゃね?』と思って磐城シャモット本社を目指すことにしやしたよん^^

 

 ---歩くこと数分

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 今では公園として整備された磐城平城跡に到着う^^

 北側のお堀(濠)はそのまま使われてるのかな?

 

 遊歩道を歩いてこの付近にあるだろう磐城シャモット本社の玄関口を探す。

 

 探す・・・

 探す・・・

 え?

 あれ!?

 どこだよ!磐城シャモット本社^^;

 それっぽい敷地が高台にあるんだけれど、入り口っぽいところが全然見当たらない・・・(なんでよ?)

 

 もうすぐグルっと一周しちゃうぞ?と焦りを感じた頃、

 それっぽいのが見つかりやした!

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 一見・・・デイサービスセンターの門構え・・・

 

 だ・け・ど!!

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 門にこっそり『㈱磐城シャモット煉瓦製造所』って書いてあったあああああ(*´д`*)

 

 表札の名前は後程出てきますので割愛。

 

 せっかくなんで入れるところまではいってみようっす^^

 するとーーー

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 庭先に『ひし形にK』の刻印の入った耐火煉瓦がゴロリ。

 

 

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 足元を見やれば『7の刻印を打つ異形煉瓦』が!

 

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 入り口付近の建物には赤煉瓦とはちょっと違う煉瓦で積まれた・・・えっと・・・ナニコレ^^;

 

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 本社とは言え、やっぱり何かしら煉瓦ちゃんがありやしたね(ブロック塀の透かしにも何故か煉瓦が置いてある。しかも全部に)

 

 流石にこの先までは踏み込めないのでここまで。

 

 さてと、一応、磐城シャモットの説明をしませんといけないよね当然。

磐城シャモット.jpg

 創業は昭和3年。所主『堅田さんが起こした耐火煉瓦工場』でやんす^^

 

 さてこれを見て欲しいっす。

旧・平町(磐城駅前付近).jpg

 これは明治40年頃のいわき駅周辺の地図っす。

 よく見ると煉瓦工場の記号が一杯でしょ?

 

 こっちも見てね↓

名称未設定 4.jpg

 これはその当時のこの付近の概略地図。

 もっと拡大してみるとおーーー

 

5.jpg

 読みにくいだろうけれど、耐火煉瓦工場ってのが駅の近くにドーンとあったの^^

 

 なぜこんなにも『いわきに煉瓦工場が存在していたのか?』

 

 あたしがかつての煉瓦工場のメッカって揶揄したのかを説明しようと思うっす^^

 

 元々の流れは白煉瓦工場の代名詞とも言える品川白煉瓦が、この地を選んで支工場を設立したから。

 いわき湯本工場・いわき小名浜工場・赤井分工場など。

 

 それには理由があって、元々この磐城一体には煉瓦を得るには最高で良質な粘土層があるのが知られていたからなの(常磐夾炭層)

 

 んでもってこれがもう一つの決め手かな?

 

 磐城から茨城にかけて、この一帯は優良な炭田、もしくは炭鉱が多かったんすよ。

 

 つまり、煉瓦を得得る為に必要な火力・素材がここには集中していたってこと。

 港湾も近く、常磐線と言う陸路もあった。

 だから数多く煉瓦工場がこの地に存在したって訳なんす(めっちゃ端折って説明してるけどねw)

 

 その流れを今も汲むのが磐城シャモットさんなのかもしんないね^^

 

 さてさて、この後は駅前に戻って電車を待とうと思っていたんすがーーー

 

 

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 なんか磐城シャモット本社さんの隣の物件が気になってしまったので寄り道。

 

 うがあ・・・

 だってこんな立派な門構えのお家が『売地』ですよ?

 しかも古そう!

 気にならない訳ないじゃん(*´д`*)

 

 私の今までの経験上、

『煉瓦工場隣接地の物件には煉瓦工場絡みのブツがある』なんすよ。

 

 例えば工場主の住まい跡やその親戚の家、

 もしくは従業員の長屋とか、

 そうでなくても煉瓦工場と何かしらの縁があるとかね?

(もっと言えば、隣接の煉瓦工場から廃煉瓦を頂いて庭や塀に流用してたりとかさ)

 

 ダメで元々、探ってみることに。

 だって、今回はゲーム主体でいわき市まで来たんだしねw

 煉瓦のれの字でも見つかれば御の字ラッキーっす☆

 

 するとだよ!

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 売り物件であるこの立派な旧家屋の板塀や庭先に怪しいものがチラホラと来たもんだ!!!(*´д`*)

 

 そしてこのお家の塀伝いに進むとそれはあった!

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 いつの間にか板塀が石塀に変わり、

 その端(はた)に煉瓦が無造作に積まれていたんす。

 

 それは赤に白にと様々。

 私は思わず手に取った。

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 NYK?

 耐火煉瓦なのは間違いないっすけど(赤レンガより寸法が大きい)

 どこの耐火煉瓦なんだろ?(恐らく近年に廃業した旧・中村窯業㈱。テクノ窯工。昭和8年設立)

 

 混じってる赤煉瓦に刻印は無いの?とひっぺがえすも見つからず。

 

 だけどもう一個、耐火煉瓦に別メーカーさんの刻印を見つけたっす。

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 !?

 しょうわようぎょう!!??

 

 これはレアもの引いた?かもしんない(*´д`*)

 だって昭和窯業と言ったら北海道の煉瓦工場でも老舗だものお☆

 ん~・・・でも何でこんなとこに???

 

 だからちょっと調べてみやした。

 するとーーー

福島県・昭和窯業.jpg

 いわき市にも昭和窯業㈱が存在してたのね^^;

(恐らく内郷駅の辺り)

 多分、北海道の昭和窯業さんとは別なんだと思うっす。

 

 そして今回、何となく立ち寄って色々と知ったわけなんすが、

 その過程でぇ~、いわき市にも赤煉瓦物件が存在することが分かったっス^^

 今日は時間が無いから行かないけれど、今度はお兄ちゃんを誘って再訪しようかと思いやす☆

 

 さて駅に戻ってきた私は・・・

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 何だかんだでまだ次の電車まで20分も時間的猶予があると知る(ほんとに今までのお話は駅チカ煉瓦物件だった訳だわさw)

 っつーことで遅めのランチ(*´д`*)

 

 半田屋さんって前から気になってたんだけど、

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 いいね!このお店♪

 値段もリーズナブル!

 バラエティーに富んだおかずを自分好みにチョイスしてマイ定食を自分で作るシステム大好きだお(*´д`*)マタコヨウ!

 

 さて今回は自分としては苦手な部類の耐火煉瓦の小話でしたがいかがでしたでしょうか?

 

 私的には、ふらりと寄ったひとつの駅でも煉瓦目線からその土地の歴史を垣間見れるんだから、やっぱ楽しい趣味ですなw

 

 次回もまたゲームで途中下車した煉瓦話になるでしょう。

 んじゃ、またねー(*´д`*)

 


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